学生による教員インタビュー

山田賢先生(歴史学コース)

歴史学コース・山田賢先生インタビュー

教員インタビュー:歴史学コース 山田賢先生

学生委員:先生の研究内容について教えてください。

山田:私の研究というのは基本的に二つの方面からなされています。第一の方面というのは、中国の近世、およそ18世紀から19世紀を中心とした、中国の社会史です。で、もともと18世紀に、長江の中流域から上流域、山岳地帯に移住民が入って行って、彼ら移住民の不安定な社会の中から、白蓮教という秘密結社の運動がやがて発生するわけですけれども、その運動がなぜ起こったのか、どういう論理に基づいて、その運動が遂行されていったのかということを、卒業論文のテーマにしました。かつて70年代くらいまでの中国史研究というのは、江南デルタの研究が中心だったんです。そこが全中国の中で、一番生産力の高い、農業生産の発展した地域だったので、当時の歴史学においては、その生産力が発展することによって社会が変わっていく、そういう前提があったんですね。そんな中で、私はその生産力の豊かな地域とはまったく違う、ある意味で真逆の、辺境の山岳地帯の中に、移住民が入って行って、そこでどういう生活をして、どういう社会を作り、どういう心性のもとに、どういう世界観を共有していったのかということを考えようと思ったのです。それが研究の出発点となりました。近世を通じて中国大陸ではいつも人間が動いている。で、その動いている人々が、どういう社会的な紐帯を作っていくのか。以後一貫して、それを重要なテーマの一つとしている訳です。

 その中から後に、新たに私の研究テーマの中心的なものの一つとなったのは、秘密結社の研究です。秘密結社というタイプの社会的結合というのは、日本の社会には、身近には存在しないわけですね。かつてはこれも秘密結社という訳のわからない怪しげな社会集団というものが中国にはあると。だから中国というのはよくわからない。そういう見方がかなり普通に存在していたわけなんですけれども、しかしながらこれは中国の社会においてはある種、合理的な理由によって成立している訳です。

 先ほど言ったように、中国の社会というのは非常に流動性が高い。近世において人の移動が頻繁にみられる。少なくとも国家は人の移動を放任していた。そういう社会でした。そこで、その常に流動する人々が、どこに行っても援助をしてもらえるような、相互扶助的なネットワークというものを作っておく必要がある。その相互扶助のネットワークの為に、結成されたのが秘密結社であると考えているんですが、これが移住民の研究から展開して次の研究テーマになっていった訳ですね。以上が二つの大きな方向性の一つです。

 それから、もう一つ一貫して私の問題関心としてあるのは、日本社会の中国認識の問題です。例えば秘密結社という訳のわからないものがある、不可思議な中国社会というイメージは、たぶん、この百年くらいの日本の社会の中に、ずっと存在し続けていたと思うのですが、それは、日本の社会と中国の社会の、言ってみれば文法が違う、社会を成立させている基盤的なルール、そういうものが違う。そこから発生する、ある種の認識のギャップ、コミュニケーションの不全だと思うんですね。世界史的にみると秘密結社というのは、アメリカにも中国にも、ヨーロッパにもある。人間が頻繁に移動する、流動性が高い社会の中では、そういった広域的なネットワーク、どこに行ってもそのネットワークに援助してもらうことができるという社会関係は必ず発生します。でも、日本の社会は近世を通じて非常に高い安全性を持っていたので、そういうタイプの移動というのはそんなにありませんでした。ネットワーク的な社会関係というものがあまり発達しなかったわけですね。

 で、そういう日本の社会から見ると、中国の社会というものは極めて特殊に見える。なまじ日本と中国というのは、かつて明治期には「同文同種」、つまり、日本と中国というのは同じ文字、同じ文章を使っていて、同じ人種であるという言葉があるのですけれども、地理的に近くて、同一の文化圏であるという前提があるがために、逆に中国という社会が非常に見えにくい。そういうことが、多分この百年来ずっと続いている。そのような前提に立ったうえで、私は、特に近代を中心として、日本人が中国という社会をどう認識してきたのか、その問題を一方では、ずっと考えようということで追及してきたわけです。

 これが、基本的な研究の方向の、大きな二つのテーマということになるでしょうかね。

学生委員:中国史を研究し始めたきっかけはなんですか?

山田:偶然です。昔は、最初に二年間教養課程というのがあって、そのあとで専門の振り分けをするので、希望する専門に行けるとはかぎらない。私はあの、実は初めは歴史学志望でもなかった。だから中国史だけは多分やらないだろうと思っていたんですけど…。でも、やってみたら面白いので。

学生委員:それまでぜんぜん中国史には興味はなかったんですか?

山田:いや、そうでもなくって、古典は好きでしたよ、中国の。当時も史記の翻訳なんかは何種類も出ていたし。あとは、古典を再読したものっていうのがあるでしょ? たとえば武田泰淳の『司馬遷』とか。そういうものは読んでいたので。もともと中国の古典は好きでしたね。

学生委員:中国語を勉強するようになったのはそれからですか?

山田:そうですね。大学三年生になってからです。当時の勉強っていうのは、あぁ、中国史をやるんですね、じゃあこの中国語の論文を読んでください、って渡されて、辞書を引きながら読むと。

学生委員:恐ろしいですね…(^-^;)

山田:とんでもない時代でしたね、昔は(笑)。

学生委員:影響を受けた本、今でも再読するような本はありますか?

山田:歴史研究に関係ない本をいくつか挙げると、文学では、高橋和巳、武田泰淳、あとは竹内好、そういったところですよね。で、高橋和巳はもちろんその、高校生の時代から読んでいたのだけども、あらためて中国史についてやるようになってから読み直してみると、また別のところが面白いと思えるので。たとえば、高橋和巳の『邪宗門』という小説があるんですよ。これは近現代の日本に題材をとったフィクションなんですけども、ある宗教結社が弾圧されて、最後にアメリカの占領期に大規模な反乱、反逆を起こして、もう徹底的に破壊されるっていう、そういうストーリーなんです。これには白蓮教のことが下敷きにされているんじゃないかと、私はずっと思っている。で、研究テーマとしてもその、日本人の中国認識、あるいは日本人が中国を認識できなかった歴史、というものを考え始めた時に、竹内好や武田泰淳や高橋和巳っていう人たちは、文学者であると同時に、一方で専門の中国学者でもあったので、彼らがどういうふうに中国の社会を認識して、日本の社会を認識していたのかっていうのは、いつも立ち返る、ある種の、なんでしょうかね、一つの原点になってますかね。

学生委員:大学生の時にやっておきたかったこと、やり残したことはありますか?

山田:やり残したことがあるとすると、後から考えてみたら、もうちょっと勉強しておけばよかったと思うのですが、とくに語学ね。でも思うのですけれども、その当時無為に過ごしていたのも無駄ではなかったと感じているので。

学生委員:おお…

山田:私は札幌で学生時代を過ごしたので、夏から秋のころにはね、寝袋だけ持って、放浪して歩いたりとか。それに冬はごく近所でスキーができたので遊んでばかりいましたね。

学生委員:いつ研究者になろうと思ったんですか?

山田:いやぁ…なんとなくなってしまっただけですね。

 あのー、面白かったんです、勉強は。専門に移ってから、きちんと研究を始めた時に、大変面白かった。こういうことがあるんだ、という、結構新しい発見とかいっぱいありましたし、知らなかったことがわかるようになってくるというのがとても面白かったので。でも、学部生のときにも就職活動はしたし…修士を出た時にも迷いましたよ。そのまま博士課程で研究を続けるのか、それとも真剣に教員採用試験を考えようかと。でね、博士課程に進んでも、途中でやっぱり、本気で考えた、高校の教員になろうかなって。でも結局、北海道大学の東洋史研究室で、助手として来ないか、というお話があったので。

学生委員:おお! 次に授業についてお聞きしてもよろしいですか?

山田:基本的に授業も、まぁ個別的な、やっぱりこれは知っておいてほしいっていう内容を並べているわけだけれども、その根底にあるのは、研究に存在する問題関心と同じです。で、やはり中国っていう世界は、基本的に、私の目から見ると、日本において十分に知られていない。あるいは非常に誤解されている。で、まぁこれに関しては個人的にやはりもうひとつ付け加えると、マスコミの責任も大変大きいと思うんですけれどもね。なので、歴史的に、特にこの数百年において、中国の社会がどういう展開をたどって、どういう論理構造でもって、社会の仕組みを成り立たせていて、そこの中で、どのような心性が共有されているか。それをできるだけ、伝えたい。そこは決して不可思議な世界でもなんでもなくって、歴史的に形成された、それなりの合理性を持って動いている世界だということをきちんと伝えたい、というのが一番根底にあることでしょうかね。それから、授業でいえば、これもあの、私は授業でよく言ってるけれども、日本のことを知りたければ、外国のことを知らなければわからない。で、比較したときに初めてあるものの個性ってはっきりするはずなので、外の世界がわからないで、日本がわかるわけないだろう!と、言ってるわけなんですよ。これがまず、第1段階で、第2段階として、じゃあ、外の世界と比較するって時に、欧米との対比っていうのはよくあるかもしれない。でも、中国や韓国と比べた場合に日本の社会がどうという学術的な議論はあんまりない。

学生委員:確かに。

山田:さっき「同文同種」って言葉を挙げましたけれども。これは、同じ文章を持っている、同じ黄色人種、お互いにヨーロッパの圧力に対して連携するべきだという、もともと中国側の知識人から日本側に呼びかけられた言葉だったものを、第二次世界大戦前には、大東亜共栄圏を推し進めた日本側から語られる言葉になった。「同文同種」だから、アジアは一つ、日本が盟主となって、欧米に対抗しないといけないっていう、そういう文脈になっていく。それ以降、日本人のアジア認識があまり進んでいるようには思えないんですよ。なんとなく近いから、同じアジアの共通の文化があるかな?っていう程度でしかない。日本のことが本当にわかりたかったら、やっぱり、外国のこともわかっていないと日本のことがわからないんじゃないのかなぁ。だから私の授業っていうのは、必ずしも中国のことを専門に勉強する人に向けて授業は組み立ててないです。そりゃ、最終的に中国のことに興味を持って、卒業論文で勉強してくれる人が出てくれればうれしい(笑)。でも気持ちとしては、むしろ別の地域の勉強をする人に向かって授業を組み立てているつもりです。

学生委員:いや、今、千葉大の良さがわかりました!いろいろな地域の歴史が学べるっていうのは、かなり意味があることだと!

山田:非常に専門的に極める必要は無いんだけれども、特定の時代の特定の地域だけじゃなくて、時間軸に関しても空間軸に関しても、やっぱりある種の視野の広がりを持っていないと。だから歴史学コースの学習の中でも、特定の地域や時代にかたまらない、なるべく広い視野を持った学習、広い範囲の学習ができるように、ということを考えたうえで、全体のカリキュラム、割合自由な履修というものを設定しているわけですから。それは多分、千葉大で歴史を勉強する上での一つのメリットですよね。

学生委員:確かにそうですよね。

山田:私も卒業論文の時に、中国の白蓮教、民間宗教をやったんですけれども、もちろん専門の研究史っていうのは読むんだけれども、それ以上に自分の発想を膨らませて、あれこれ考えるときに役に立ったのは、ヨーロッパや日本の民衆運動、民間宗教の研究を参照することでした。たとえば、ヨーロッパだったらね、異端カタリ派の宗教運動とか、それから、日本だったら、幕末明治期の新興宗教、天理教、大本教…。そういうものの、かなり手厚い研究がありますので、それらは、やはり読んで、様々な着想を得るために、役に立ちました。

学生委員:最後に受験生へのメッセージをお願いします。

 山田:やっぱり、自己を限定しないってことじゃないでしょうか? たとえば、自分はこういう勉強がしたい、でも、そのことだけ勉強しても、実はその本質というものは分からない、周辺領域も含めて幅広く勉強してほしいですね。

学生委員:そのバランスが難しいですね。

山田:だから常に反復ですよね。外を見ることによって、自分の研究対象をより深く知り、自分の研究対象をより深く知ることによって、外をまた相対的に位置づけられるっていう。で、世界を知るために必要なものは語学という手段、もう一つは、異なった発想を受け入れられる柔軟な構え。たぶん自分にとって、理解しがたい、あるいは、ひょっとすると不愉快で嫌悪を催すようなものこそ、それを見つめることで、勉強になることがある。だって、それは自分にとって、感覚的に受け入れ難い。でもなぜ受け入れがたいのか。そのことを探る方が、自分自身にとっての勉強になるはず。見て気持ちのいいものは最初からなめらかな関係が成立していて、そこには何の矛盾も発生しないわけですよね。

学生委員:なるほど。われわれもハッとさせられました! 本日はありがとうございました。

【インタビューを終えて:学生委員からひとこと】

 今回のインタビューは、千葉大学を目指す皆さんへむけたものでしたが、自分たちにとっても非常に有意義なものになりました( ̄▽ ̄;)
 千葉大学歴史学コースのいいところは、最初から研究の分野をしぼらずに勉強できることです。今まで考えていた「広い時代、地域の事を学べる」ことの良さは、どの時代や地域でも専門的に学べるという様な意味合いで考えていました。しかし、そうではないということが今回お話を伺って分かりました。
 自分の勉強したいものの本質を知るためには自分の専門分野だけを勉強していたのでは駄目なんですね。外との関係、その周辺で何があったのかを考えなければならない。

 「広い視野を持つ」ことの大切さが、今回このホームページを見てくださった皆さんに伝われば嬉しいです。いろいろな時間軸・空間軸の歴史が学べる環境にあるというのは、かなり意味があることだと。私たちもこれからの大学生活の中で、それを大切にしていきたいです。
 それから語学の重要性ですね。…非常に耳が痛いです。でも本当に自分が知りたいことのために必要ならば、勉強のやり甲斐があります!
 幅広い授業を提供してくれて、更に勉強の相談にも乗ってくださる先生が居る千葉大学の良さを、このインタビューを通して皆さんに少しでもお伝えすることができたのではないかと思います。(^-^)

担当学生委員:五味玲子、林保奈美、野口陽子

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